焼山寺

第12番焼山寺(しょうざんじ)

【山号】

摩慮山 (まろざん)

【院号】

性寿院 (しょうじゅいん)

【寺号】

焼山寺

【札所番号】

第12番

【開基】

役行者小角

【駐車場】

1有

【宿坊等】

3名

【本尊(祭神)】

虚空蔵菩薩

【ご詠歌】

後の世を思えば苦行焼山寺死出や三途の難所ありとも

【ご真言】

のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか

【宗派】

高野山真言宗

【所在地】

〒771-3421  徳島県名西郡神山町下分字地中318

【電話番号】

088-677-0112

四国霊場では2番目に高い標高700mにある山岳札所で、阿波霊場三難所の
「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」のひとつです。

創建は大宝年間(701年 - 704年)、役小角(役行者)が開山し、
蔵王権現を祀ったことがお寺のはじまりといわれています。

この山には、神通力を持ち火を吐いて村人に害をなす大きな蛇が棲んでいました。
弘仁6年(815年)、この地を巡錫(じゅんしゃく)していた弘法大師空海は、
疲れて杉の木下で眠っていると、夢に阿弥陀様があらわれます。
目覚めると眼前は火の海になっていました。弘法大師は麓の垢取川で身を浄め山に登りましたが、
大蛇は全山を火の海にして行く手を阻むので、「摩廬(水輪の意)の印いん」を結び、
真言を唱えながら進みました。大師は虚空蔵菩薩に一心に祈願し、大蛇を山頂近くの岩窟に
封じ込め、自ら刻んだ三面大黒天を安置し、大衆安楽、五穀豊穣を祈りました。

「摩廬」の山号も「焼山」の寺名も、この奇異な伝説に由来しています。
その後感謝の意を込めて虚空蔵菩薩を刻んで本尊とし、堂宇を建立したといいます。
三面大黒天は大黒天・毘沙門天・弁財天の三天合体の尊像です。

足利尊氏はここを祈願所とし、江戸時代には徳島藩主蜂須賀家の帰依を受けていました。
鎌倉時代の後期には後醍醐天皇(在位138〜39)の勅願所となります。

境内の杉の巨木は樹齢数百年といわれ、フジの群生地とともに
県指定天然記念物に指定されています。
本堂左手に三面大黒堂、大師堂の右手に十二社神社。

本尊の木造虚空蔵菩薩坐像は神山町指定有形文化財に指定されています。
県指定有形文化財の弘法大師坐像とともに秘仏でそれぞれに前立ち仏が安置されています。
境外の左右内の一本杉(浄蓮庵)は推定樹齢600年、県指定文化財に指定されています。
木造千手観音立像は神山町指定文化財です。

杖杉庵は四国遍路の祖・衛門三郎の入寂地(史跡)です。
奥の院には蔵王権現堂、竜王窟や大蛇封じ込めの岩があります。
閉門時間は17時、宿坊有り。

▼次の13番札所 大日寺 までは約 20.8km

参拝記録

焼山寺