国分寺

第29番 国分寺 ( こくぶんじ )

【山号】

摩尼山 ( まにざん )

【院号】

宝蔵院 ( ほうぞういん )

【寺号】

国分寺

【札所番号】

第29番

【開基】

行基菩薩

【駐車場】

3台無料

【宿坊等】

無し

【本尊(祭神)】

千手観世音菩薩

【ご詠歌】

国を分け宝をつみてたつ寺の末の世までの利益のこせり

【ご真言】

おん ばざら たらま きりく

【宗派】

真言宗智山派

【所在地】

〒 783-0053   高知県南国市国分546

【電話番号】

088-862-0055

創建年は天平13年(741年)、行基が千手観世音菩薩を刻み、
本尊として安置し開創したと伝えられています。

天平年間には災害や疫病(天然痘)が多発したため、
聖武天皇は仏教に篤く帰依し、国の安寧を願い、全国各地に国分寺を創建します。
正式名称は、金光明四天王護国之寺(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)。
八十八ヶ所には徳島・高知・愛媛・香川の四県にそれぞれ国分寺があります。

その後弘仁6年(815年)弘法大師空海が毘沙門天を刻み、奥の院に安置し、
真言宗の寺院として中興し、四国八十八ケ所第二十九番霊場札所となりました。

弘法大師空海はその際、真言八祖に相承される厄除けの「星供の秘法」を修めました。
星祭りともいわれ、除災求福のために正月・冬至・節分に、
七星・九曜・十二宮・二十八宿を供養します。

土佐国分寺は「星供の根本道場」とされ、天下泰平や五穀豊穣、
万民豊楽を願う祈願所として、歴代天皇からの信仰が厚く、加護を受けてきました。

兵火にたびたび遭っていますが、永禄元年(1558年)に長宗我部国親、元親により
金堂が再建され明治37年8月29日に重要文化財になっています。

外観は天平様式、屋根は瓦ではなく木材の薄板を用いた杮葺きで、
四方向に傾斜する面を持つ寄棟造り、内部の海老紅梁は土佐最古といわれています。
屋根は2014年に葺替えられています。

山門(仁王門)は入母屋造楼門で明暦元年(1655年)に土佐藩2代藩主山内忠義に
よって寄進されました。

国分寺周辺は古代から中世まで土佐国の国府の所在地で、三十六歌仙の一人で
「土佐日記」の作者、紀貫之も国司として4年間滞在していました。

創建当時の七重塔の塔心礎(塔を建てる際中心に据える礎石)を主石とした
杉苔が美しい庭園があり、「土佐の苔寺」ともいわれています。
春は桜、初夏には紫陽花、秋には萩を楽しむ事が出来ます。

文芸に縁が深く、庭園には高浜虚子の五女・高木晴子さん、長男・年尾さん、
孫・稲畑汀子さん句碑や朝吹登美子さんの母、磯子さんの歌碑があります。

この他境内には大師堂、開山堂、鐘楼、客殿、光明殿、土佐国総社、
酒断ち地蔵(元は佐比谷寺に祀られていた一言地蔵)、奥の院には
毘沙門天を本尊とする朱塗りの毘沙門堂、毘沙門の滝、弁天堂、滝本神社があります。

国指定の重要文化財は金堂(本堂)、平安時代中期・鎌倉時代作の木造薬師如来立像、梵鐘。
国指定の史跡は土佐国分寺跡、高知県指定保護有形文化財に本堂の厨子・須弥壇、
絹本著色両界曼陀羅 。

南国市指定有形文化財に板絵両界光明真言曼荼羅、海獣葡萄鏡・常滑焼甕。
昭和52年の発掘調査で弥生時代の住居跡も発見されています。

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