【山号】
【院号】
【寺号】
【札所番号】
【開基】
【駐車場】
【宿坊等】
【本尊(祭神)】
【ご詠歌】
【ご真言】
【宗派】
【所在地】
【電話番号】
紫陽花の咲く町、春野町の安産の薬師さん。
妊婦さんは柄杓を持ってお詣りし、お寺は「通りを良くする」願をかけ、柄杓の底を
抜いて二夜三日の安産祈祷をし、お礼と共に返します。
この底の無い柄杓を床の間に飾り、無事に安産すればお寺に返す、という習わしで、
子安観音が祀られている観音堂には底のない柄杓が沢山奉納されています。
創建年は弘仁年間(810年〜824年)、開基は弘法大師空海と伝えられています。
宗旨は真言宗豊山派で、本尊は秘仏で国指定重要文化財の薬師如来です。
起源は6世紀後半、用明天皇(在位585〜87年)の時代に大阪の四天王寺造営
の為に来日した仏師や造寺工が、帰国の途中に土佐沖で嵐に遭い、種間寺のある
本尾山に近い秋山の港に漂着します。
仏師や造寺工は海上の安全を祈り、約145cmの薬師如来坐像を刻み、
本尾山の山頂に祀り、後に唐から帰朝した弘法大師空海がこの時の薬師如来像を
本尊として安置し、堂宇を建立し開創します。
その折に唐より持ち帰った種子の米、麦、粟、黍、豆または稗の五穀を境内に
蒔いたことから寺号を種間寺と名付けられたと言われています。
天暦年間(947年〜957年)には村上天皇(在位946〜67年)が藤原信家を勅使にし、
「種間」の勅額を下賜。土佐藩主の山内公からの加護により、田畑や山林などの
土地の寄贈や堂舎の修築なども行われています。
神仏分離令で廃寺となるも明治13年(1880年)に再興されています。
石柱門をくぐると境内には抱き稲に種の独自の紋のついた大黒天(さわり大黒)、
毎年3月8日に御開帳の本尊薬師如来を安置したコンクリート造りの本堂、大師堂、
観音堂、地蔵堂、水子地蔵、光明殿があります。
高知市指定有形文化財の木造薬師如来立像、延宝5年(1677年)に造られた町内最古で
町の指定文化財の手水鉢も。
番外霊場でもある本尾山奥の院には薬師如来(薬師瑠璃光如来)
が祀られています。
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