仙遊寺

第58番仙遊寺(せんゆうじ)

【山号】

作礼山 (されいざん)

【院号】

千光院 (せんこういん)

【寺号】

仙遊寺

【札所番号】

第58番

【開基】

越智守興

【駐車場】

25台有料

【宿坊等】

9名

【本尊(祭神)】

千手観世音菩薩

【ご詠歌】

立ち寄りて作礼の堂に休みつつ六字を唱え経を読むべし

【ご真言】

おん ばざら たらま きりく

【宗派】

高野山真言宗

【所在地】

〒794-0113  愛媛県越智郡玉川町別所甲483

【電話番号】

0898-55-2141

本堂裏まで車で登ることもできますが、
徒歩だと山門をくぐってから少し山道を登ります。

作礼山山頂付近、今治市街地を眼下に望む標高300mの
高台にある仙遊寺。おされさんの愛称で親しまれます。

本尊の千手観音菩薩像を海から竜登川を伝い登ってきた
竜女が一刀三礼しながら彫って安置したことから、
山号が作礼山になったといわれています。

創建は7世紀後半、天智天皇(在位661-672年)の勅願により、
伊予の国主・越智守興(おちもりおき)が作礼山山頂付近に
堂宇を建立して創建しました。

仙遊寺には天智天皇(662-672)の御代の頃から約40年、
諸堂を整え、修行をしていた阿坊仙人という僧が居ましたが、
養老2年(717年)、雲と遊ぶかのように忽然と姿を消してしまいました。
この出来事が、のちに寺名の由来になったと伝えられています。

阿坊仙人の伝説の他にも、犬塚池やごろべえ坂、
龍燈桜の伝説が残ります。

そののち弘法大師空海が四国霊場開創の折、この地に逗留し
病気平癒を祈願し井戸を掘り、荒れていた諸堂を修復して再興します。

江戸時代には再び荒廃しますが、江戸末期から明治時代初期に
高僧・宥蓮上人によって再興されます。

宥蓮上人は明治4年(1871年)に仙遊寺で入定します。当時は既に
入定が禁止されていたため、日本最後の入定といわれています。
境内にある宥蓮上人供養塔(五輪塔)は昭和45年に
今治市指定有形文化財に指定されています。

昭和22年(1947年)にあった山火事で本堂ほか堂宇が焼失しますが
近所の人の協力で御本尊と大師像は難を逃れています。

境内には本堂・大師堂の他に、千体仏、子安観音像、仏足跡、
弘法大師御加持水、観音めぐりなどがあります。

大型の宿坊(創心舎:要予約)も設営されているので宿泊もできます。

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参拝記録

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